印伝くんのひとりごと ~印伝ブログ~

(有)印傳の山本の宣伝マン「印伝くん」が甲州印傳の魅力や各地の情報などをお届けするブログです。

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印伝の漆と甲州漆について

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現在皆様が甲州印伝といって想像するものは鹿の革に漆で模様が描かれたものだと思います。
現在弊社が使用しております漆の産出地は中国で、輸入したものを日本国内の漆屋で精製してもらったものを仕入れております。ここで言う漆はいわゆる漆であり、漆調といったものや漆に似た塗料といったものはどんな安い印伝にも使用しておりません。
さらに仕入れた漆に、たとえば赤漆でしたら朱合と呼ばれるものを入れ漆練します。
この作業は自社内でやっておりますので運が良ければ来店した際に見れるかもしれません。

さて印伝の漆が輸入漆になったのはおよそ明治末期からと言われております。それ以前は国内産の漆を使用していたと推測されるのですが、どこの漆を使用していたのか調べていくうちに特産品として「甲州漆」といったフレーズが出てきました。少なくともここ数年調べた限りで現在「甲州漆」というものは聞いたことも、現物を見たこともありません。おそらくは無くなってしまったのだと思います。以下は甲州漆について自分なりに調べた結果です。

甲斐国の戦国大名・武田氏の戦術を記した軍学書「甲陽軍艦」には1571年、当時同盟国だった織田信長の所望により青沼助兵衛から甲州漆を三千杯(一杯は約一キログラム)渡したと記してあり、また「桑原家文書」には1560年に武田信玄が「牧岡・塩山・中道・須玉・敷島・増穂(いずれも現在の地名表記)」に対し160杯の御用漆を納入するよう命じているとのことです。旧敷島町の甲斐市には漆戸という地名が現在でも残っており、産地として漆掻き職人がいたとも考えられます。
時代が下り、1854年にかかれた甲府の商家を紹介する「甲府買物独案内」には漆屋清三郎という人が柳町で営業していたと記述があり、おそらく当時の印伝の漆というのはこの店より購入していたと推測もできます。

甲州漆に関して調べてみたのですがあまりに資料は少なすぎました。甲府盆地という場所は高温多湿で知られています。幸いにも、こういった天啓の環境が背景にあるため、革に漆を塗るという独特の発想が生まれたのではないかと思うのです。しかし他の産地のように塗り物、漆器などは特に見当たりません。山梨ならではの技術が生まれなかったのか、もしかしたら漆を自国で使うのではなく他の産地に売ることで甲斐国は外貨や物品を手に入れていたのかもしれません。
以上が甲州漆に関する調査でした。また新しい情報が手に入り次第追記をするかもしれないし、しないかもしれません。


参考:甲陽軍鑑(高坂昌信)
   :武田家朱印状「桑原家文書」山梨県史資料編
   :甲州買物独案内

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